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大阪地方裁判所 昭和31年(ヨ)1927号 判決 1957年12月04日

申請人 大野忠孝

被申請人 株式会社大阪読売新聞社

主文

被申請人は、本案判決確定に至るまで、申請人を被申請人の従業員として取扱い、かつ申請人に対し昭和三十一年八月二十八日以降一ケ月金一万八千八百二十一円の割合による金員を毎月二十五日限り(但し、既に履行期の到来した分については即時に)支払わなければならない。

訴訟費用は、被申請人の負担とする。

(注、無保証)

事実

第一、申請人の主張

申請人訴訟代理人は主文第一項同旨の判決を求め、その理由として、次のとおり述べた。

一、申請人は、昭和二十七年十月二十四日被申請人会社(以下、単に会社という)に入社し、爾来文選工として勤務していたものであるが、昭和三十一年八月二十七日会社から就業規則第百三十五条第十号に基く懲戒解雇の通告を受けた。

二、しかしながら、右解雇は次の諸理由により無効である。

(一)  本件解雇については次に述べるとおり会社と大阪読売新聞労働組合(以下、単に組合という)との間の労働協約または会社就業規則各所定の手続が採られていない。

すなわち

(イ) 労働協約第七条第一項違反

同条項後段には「会社は雇入れ、解雇―(中略)―については組合と協議する。」と規定してあるに拘らず、会社は本件解雇をなすに当り事前に組合と充分な誠意ある協議をしていない。すなわち、本件解雇につき会社と組合との間には前後三回にわたる交渉委員会がもたれたが、その席上組合側委員が会社に対し解雇の具体的理由の明示を求めたのに対し、会社側は単に「申請人は社内でアカハタを配布し、購読の勧誘をした。この行為は、就業規則第百三十五条第十号に違反する。」との抽象的な説明しかせず、その日時、場所等の具体的事実については「本年五月と八月にあつた。」というだけで、充分協議をつくすことなく、昭和三十一年八月二十七日一方的に協議を打切つてしまつた。そもそも、労働協約上いわゆる協議約款に基く協議とは双方誠意をもつて問題の妥結を目指して行うべきものであつて、叙上のように会社が組合に対し解雇の理由並びに原因事実について詳細な説明もせず終始解雇の承認を迫るような態度を固持している場合には、未だ労働協約に定める協議をしたということはできないから、本件解雇は前記協約条項に違反し、無効である。

(ロ) 労働協約第八条違反

同条項には、「前条の人事を行う場合、会社はその理由を本人及び組合に対し事前に通告する。事前通告は解雇の場合は三十日―(中略)―前に行う。」旨規定している。しかるに、会社は本件解雇に当り右の事前通告をすることなく、前掲八月二十七日の協議打切りと同時に同日付をもつて申請人に懲戒解雇の通告をなした。従つて、本件解雇は前記協約条項に違反し、無効である。

(ハ) 就業規則第百三十三条第七号違反

同条項には「解雇。行政官庁の認定を得て即時解雇する。」旨規定してあるが、本件解雇は右認定を得ずになされたものであるから、無効である。

(二)  申請人には就業規則第百三十五条第十号に定める懲戒事由該当の所為はない。

(イ) 前掲(一)(イ)で述べたように会社は申請人が会社内でアカハタを配布し、購読の勧誘をしたもので、右の所為は前記条項にいう「社内で政治的活動をしたとき」に該当するというのであるが、申請人はそのようなことをしたことはない。

(ロ) 仮りに、申請人が会社内で購読希望者である同僚にアカハタを配布したり購読を勧誘したことがあつたとしても、アカハタは合法政党である日本共産党発行の機関紙であつて一般市民が購読することも自由であるから、右配布並びに購読の勧誘の事実だけで直ちに申請人が政治的活動をしたということはできない。

従つて、前記就業規則の条項に基く本件解雇は無効である。

(三)  就業規則第百三十五条第十号が単なるアカハタの配布及び購読勧誘をも同条項にいわゆる政治的活動に当るとしてこれを禁止する趣旨であるならば、該条項は無効である。

すなわち、就業規則は労働力を効率的に指揮、配置する規律であるから、就業にも、職場規律にも何等妨げとならない行為は就業規則の規律し得る範囲外にある。ところで、アカハタの配布及び購読の勧誘程度の行為が就業を妨げ職場規律をみだすということは論理的にも、また経験則に照らしてもいい得ないから、かような就業をみださない政治的行為―活動ではない―は就業規則の範疇外のことであるばかりでなく、このような行為を禁止することは思想、言論の自由を侵すことであつて憲法第二十一条、労働基準法第三条に違反するものといわねばならない。

従つて、前記就業規則の条項に基く本件解雇は無効である。

(四)  更に、以上の主張が理由がないとしても、アカハタの配布、購読の勧誘程度の行為は懲戒解雇に相当せず、就業規則第百三十五条本文但書により他の処分にとどめるべきであるから、本件解雇は同条項本文但書に違反し、無効である。

三、以上のとおり、本件解雇は無効であるから、申請人は依然として会社の従業員たる地位を保有し、会社に対し月平均一万八千八百二十一円、毎月二十五日支払の賃金請求権を有するところ、申請人は賃金労働者であつて扶養家族四名を擁し現状態のままで本案判決をまつときは回復し難い損害を蒙るので、右の損害を避けるため、申請人を被申請人の従業員として取扱い、かつ申請人に対し昭和三十一年八月二十八日以降毎月二十五日限り金一万八千八百二十一円宛の金員の支払を求めるため、本件申請に及んだ次第である。

第二、被申請人の主張

被申請人訴訟代理人は「申請人の申請を却下する。訴訟費用は申請人の負担とする。」との判決を求め、次のとおり答弁した。

一、申請人主張の一記載の事実は認める。

二、右懲戒解雇は有効で、申請人の主張は次に述べるようにいずれも理由がない。

(一)  (イ) 申請人主張二の(一)(イ)について

右主張事実中、労働協約第七条第一項後段の規定及び本件解雇に関し組合と前後三回にわたる交渉委員会をもつたことは認める。

右委員会の席上、会社は申請人の後記(二)の(イ)のアカハタの配布、購読勧誘の行為について判然とした証人や証拠物件があるので厳重な処分に付すること、但し、申請人がその所為を素直に認め、今後そのようなことをしないなら申請人の家庭事情を考慮し、再考してもよい旨を申入れ慎重な協議を重ねたが、申請人はその所為を否認して自己の非を改めようとしないため、やむなく協議を打切つたものであつて、労働協約第七条第一項後段所定の協議は必要かつ充分な程度になされたのである。

(ロ) 申請人主張二の(一)の(ロ)について

右主張事実中、労働協約第八条の規定及び会社が同条所定の事前通告をすることなく本件解雇通告をしたことは認める。

しかしながら、右協約第八条は労働基準法第二十条に該当するものであるから、同条後段に従い法定の平均賃金を支払えば事前通告、すなわち、解雇予告をしないで即時解雇をなし得るのである。そして、会社は本件解雇通告の際予告手当として平均賃金三十日分を支払う旨附言し、弁済の提供をしたところ、申請人はその受領を拒否したので即日所轄法務局に弁済供託をしたのであるから、この点においても何等の瑕疵はない。

(ハ) 申請人主張二の(一)の(ハ)について

右主張事実は認める。

しかしながら、本件解雇には同条項の適用なく、従つて行政官庁の認定を要しないものである。すなわち、同条項にいう行政官庁の認定とは労働基準法第二十条第三項にいわゆる解雇予告手当の除外認定のことであり、元来本条項はその本文所定の懲戒事由が「従業員に不都合があつたとき」と抽象的包括的に規定されているため、同条に基き懲戒解雇する場合には被解雇者に解雇予告手当の支払につき行政官庁が除外認定をする程度の悪質、高度な行為がある場合に限るとの趣旨で設けられたものにすぎないから、会社が労働基準法第二十条第一項所定の予告手当を支払う限り行政官庁の認定をうける必要はないのである。(会社が予告手当を提供し、更に弁済供託したことは前段(ロ)で述べたとおりである。)のみならず、就業規則第百三十五条は規則第百三十三条所定の懲戒事由のうち更に悪質なものを具体的に列挙し、これに該当する場合は原則として懲戒解雇する旨規定しているのであつて、いわば前記第百三十三条の特別規定であり、同条項をもつて規則第百三十五条の手続規定と解すべきではないから、規則第百三十五条により懲戒解雇した本件においては、規則第百三十三条第七号の適用の余地はないのである。

(二)  (イ) 申請人主張二の(二)の(イ)について

右主張事実中、会社が申請人主張のような言明をしたことは認める。

申請人は昭和三十一年六月二十三日頃から同年八月十九日頃までの間前後数回にわたり会社施設内において就業時間中に日本共産党の日刊機関紙「アカハタ」の購読を会社従業員池下貞次等に勧誘して数十部を配布し、同党の拡張、宣伝につとめ、よつて政治的活動をしたのである。

(ロ) 申請人主張二の(二)の(ロ)について

前述(イ)の申請人の所為は、就業規則第百三十五条第十号にいう政治的活動に該当するものである。会社、組合間の労働協約第四十八条には「会社、組合双方とも会社施設内で政治的活動を行わない―(以下略)」、同第四十九条には「前条の政治的活動とは政党または個人の選挙運動その他政治的勢力の拡張宣伝のため行われる一切の活動をいう」と規定してあるのであつて、前叙「アカハタ」の購読勧誘ないし配布の申請人の所為は日本共産党なる政党の政治的勢力を宣伝し、これを拡張することに寄与するために行われる活動の一種であることは理論上当然であるから、右協約条項及び就業規則第百三十五条第十号にいわゆる政治的活動であることはいうまでもない。

(三)  申請人主張二の(三)について

就業規則第百三十五条第十号は、就業規則本来の性質に反しないことは勿論、何ら思想、言論の自由を侵すものでなく憲法及び労働基準法に違反するものでない。前述のように「アカハタ」の購読の勧誘及び配布が会社施設内において、しかも就業時間中に行われた場合には行為者本人の労働能率にも影響するのは勿論、他の従業員の能率にも影響し、ひいて経営秩序をみだすに至ることは必然であつて、企業経営者がこのような経営秩序をみだす有害な行為を禁止することは企業防衛上当然の権利であるのみならず、会社は組合と昭和三十年七月一日締結した労働協約において前提(二)の(ロ)に述べたように、政党政派の如何に拘らず、互に会社施設内で政治的活動を行わないことを協定し、右協約の精神に則り本件就業規則第百三十五条第十号を制定したのであるから、同規定には何らの瑕疵なく、これを無効とする申請人の主張は失当である。

(四) 申請人主張二の(四)について

就業規則第百三十五条本文には同条所定の懲戒事由ある場合は原則として懲戒解雇する旨規定されている上、前掲(一)(イ)で述べたように申請人は自己の行為を否認して改悛の情が認められず、よつて会社が情状考慮の上同条本文但書を適用せず、申請人を解雇したことは正当である。

三、以上、申請人の主張はすべて理由なく本件解雇は有効であるから、その無効を前提とする本件申請は失当である。

第三、疎明関係<省略>

理由

申請人が昭和二十七年十月二十四日被申請人会社に入社以来文選工として勤務していたこと、昭和三十一年八月二十七日会社は申請人が社内で日本共産党(以下、日共という)の日刊機関紙「アカハタ」を配布し、かつ購読の勧誘をしたものと認め、右の所為を就業規則第百三十五条第十号にいう「会社内で政治活動をしたとき」に当るものとなし、同条項に基き申請人に対し懲戒解雇の通告をなしたことは本件当事者間に争がないところである。

一、そこでまず、申請人に被申請人主張のような「アカハタ」の配布並びに購読勧誘の行為があつたか否かをみるに、証人池下貞次の証言により成立を認められる乙第一、第七号証の各記載、同証人の証言及び申請人本人訊問の結果を総合すると、申請人の職場である工務局活版部文選課内にはアカハタの購読者が申請人の外にも数名いて当初は各自がめいめい社外でこれを買い求めていたが、購読の便宜上、昭和三十年春頃から一括購入するようになり、入社前から知り合つていた同課内の友人某に依頼され、その頃から社内でその友人から受取つたアカハタを同人の指示した文選課内の同僚三、四名に二、三日分、時には一週間分(但し日曜は休刊)をひとまとめにして封筒に入れるか新聞紙に包んで人目にふれぬようにしながら配布していたが、昭和三十一年一月頃からはアカハタを読んでくれそうに思われる特定の人を目当に自ら購読の勧誘を始め、後記の池下貞次を含めて文選課内の同僚五人程に購読を勧誘し、本件解雇がなされた昭和三十一年八月当時には同課内の同僚十名位に社内で右の方法によりアカハタを配布し給料日に購読料を集金していたこと、なお文選課の同僚池下貞次に対しては、昭和三十一年六月二十三日社内で「読んでもらいたいものがありますんやがな」といつて同人にアカハタを手渡して購読を勧誘し、同人は受取つたアカハタをその翌日返却して一旦は購読をことわつたが、同年八月八日頃同人から購読したい旨の申出をしてきたので、申請人は右申出により同人に対し八月十五日に会社職場内のモノタイプの横で同月十日と十一日付のアカハタ二部を手渡し、更に八月十九日文選課内の水洗場で同月十三日、十四日十五日付のアカハタ三部を手渡した事実が認められる。従つて、アカハタの配布ないし購読勧誘の行為がなかつたことを理由として本件解雇が無効である旨の申請人の主張は採用できない。

二、そこで「アカハタ」の配布または購読勧誘の行為が就業規則第百三十五条第十号にいう政治的活動に該当するかどうかについてまず考察する。

成立に争のない甲第二、第三号証並びに証人荒井正司の証言によれば、会社と申請人の所属する大阪読売新聞労働組合との間に昭和三十年七月一日締結された労働協約において第四十八条に「会社組合、双方とも会社施設内で政治的活動を行わない。ただし会社は組合員が個人の資格で行う政党加入、その他社外における政治的活動の自由をみとめるが、このさい組合員は会社業務に支障をきたし、または会社に不利益を与えない。」第四十九条に「前条の政治的活動とは政党または個人の選挙運動その他政治的勢力の拡張宣伝のため行われる一切の活動をいう」旨の各規定が設けられ、昭和三十年十一月一日から実施の就業規則は右協約条項に対応してその第十二条に「従業員が個人の資格で政治的活動を行うことは自由であるが、この場合会社の業務に支障をきたしたり、会社に不利益を与えてはならない。」、その第十三条第一項に「従業員は会社施設内で政治的活動を行つてはならない。」と規定し、またその第二項において政治的活動の定義として協約第四十九条と同旨のことを規定していることが認められるのであつて、就業規則第百三十五条第十号が右就業規則第十三条違反の行為を懲戒の対象としたことは明らかである。会社が、このように就業規則において従業員に対し一方では個人の資格で行う政治的活動の自由を認めながら、他方において会社の施設内における政治的活動を禁止する所以のものは、新聞の公器性に鑑み、新聞の編集発行の業務が一党一派に偏せず政治的中立性を維持しいかなる政治的勢力からも自由なる立場と環境において真実、公正且つ迅速に遂行されなければならないのであつて、従業員が社内で政党等の政治的勢力の拡張宣伝のための活動を展開することは、新聞社というところの叙上の性格に反するばかりでなく、そこで働く従業員の職務の性質にも副わないからである。前記就業規則はかかる合理的根拠に基く職場規律であつて、従業員の思想信条のいかんを問わんとするものでないことは勿論、従業員の政治的活動の自由を不当に侵すことにもならない。従つて、社内におけるアカハタの配布または購読の勧誘にしても、それがアカハタの読者獲得という日共の党活動の一環としてなされる場合には、右就業規則にいう政治的活動として規制の対象となるものといわなければならない。しかもアカハタの配布または購読勧誘の行為を右就業規則にいう政治的活動として問擬するためには、日共の勢力を拡大、宣伝するためという積極的な政治的意図を以てなされることを要し、単にその行為の結果に対する未必の認識すなわち日共の勢力を拡大宣伝することになるかも知れないとの認識だけでは足りないといわなければならない。

ところで、「アカハタ」は日共の党機関紙たる新聞ではあるが、一般に市販されているものであつて(この点は申請人本人の供述に徴し認められる)、従つて共産党所属外の人も容易にこれを入手できる筋合であるし、またその配布や購読勧誘の目的も種々あり得ることであるから、単に「アカハタ」を配布し、またはその購読を勧誘する行為自体から、直ちにその者が共産党員若しくは共産党組織と何等かのつながりを有し、日共の勢力を拡張、宣伝する意図をもつて行為をなしたものとは到底断定し得ないものといわなければならない。従つて、アカハタの配布、またはその購読勧誘の行為があつても、それが日共の勢力拡張、宣伝の目的でなされたものと認められない限り、右の所為だけでは未だ前記就業規則条項にいう政治的活動には該当しないものと解さざるを得ない。

そこで、かかる観点から、右就業規則の実施された昭和三十年十一月一日以降に係る申請人の前記アカハタの配布及び購読勧誘の行為が日共の勢力を拡張宣伝する意図をもつてなされたものか否かを更に検討する。成立に争のない甲第五、第六号証、乙第四号証並びに証人池下貞次、山下金之助、荒井正司の各証言によれば、会社は日共の読売細胞か社内で活動しているとの警察情報並びにアカハタが社内で発見せられたことから、予ねて従業員の動向を注視していた矢先、池下貞次より入手した資料に基いて申請人のアカハタの配布並びに購読勧誘の行為を知るとともにこれを読売細胞の党活動の一環と直観し、前記就業規則にいう社内の政治的活動と断定しているのであるが社内に日共の読売細胞が組織されて活動しているとの点については単に警察の情報というのみでこれを認める適確な証拠がないのみならず、申請人が共産党員であるとか、党細胞活動の一環としてアカハタの配布並びに購読勧誘をなしたものであるとか、或るいは共産党を資金的に援助する目的を有していたとか等共産党勢力を拡張、宣伝する意図をもつて右の諸行為をなしたものであるとの点を疎明するに足る資料は全然ない。寧ろ前記認定の事実関係に徴すれば、申請人が一般に市販され従つて誰でも入手し得るアカハタを友人の指示に従い特定の前から購読中の従業員に配布したり、自らの勧誘または池下貞次の第二回目以降の如く相手方の発意と申出によつて、既に購読を希望する特定の従業員に対し配布したりした行為は、購読の便宜上これを取次いだに止まるとみるのが相当である。しかも従業員の思想信条の自由は基本的人権としてあくまで保障されているところであるばかりでなく、従業員が社内においてアカハタを読むことも作業に支障のない限り自由であることは、証人荒井正司(人事部長)の肯定するところであるから、申請人が特定の従業員のアカハタ購読の便宜のために社内で取次ぎ配布しても、これを以て日共の勢力の拡張宣伝の意図をもつものと断定するのは相当でない。かかる態様の配布行為をも前記就業規則にいう政治的活動として拡大解釈することは、従業員の思想信条の自由を侵すことにも通ずる危険なしとしないであろう。もつとも、申請人がアカハタの三面記事に興味を感じたり共鳴するところがあることは、申請人自身の供述から窺われるけれども、そのことから直ちに右配布殊にその購読勧誘が日共の勢力の拡大宣伝の意図をもつてなされたと速断するのは相当でない。また申請人は公然とアカハタを配布したものでなく封筒に入れたり、新聞紙に包んだりし、人目にふれぬようにし、また配布に当り「誰にもいわないように」と注意したりして(この点は証人池下貞次の証言により認められる)配布していたが、この点については前記八月八日頃アカハタの購読を申出た池下貞次自身も申請人に対し「誰にもいわぬようにしてくれ」といつたことが申請人本人の供述から認められるのと同様であつて、一般にアカハタを読む従業員が使用者から危険視されるおそれが絶無でない現在の社会事情を考え合せると、右の一事から申請人が前記の政治的目的を有していたものと断定する訳にはいかない。してみれば、申請人のアカハタの配布並びに購読勧誘の行為は就業規則第百三十五条第十号に該当しないものといわなければならない。

仮に百歩を譲り、申請人においてアカハタが日共の党機関紙であることを認識していたこと(申請人本人の供述から認められる)申請人自身がアカハタに共鳴を感じていたこと、並びに前記認定の購読勧誘の事実に徴し、申請人が共産主義者に同調する者であつて申請人のアカハタ購読勧誘等の行為が日共の勢力の拡張宣伝のために行われた活動であるとしても、その勧誘等の対象であるアカハタは日共の党機関紙として一般に市販されていて誰でも自由に入手し得る性質のものであり、証人池下貞次の証言並びに申請人本人の供述によれば申請人はその購読勧誘に際してアカハタの主義主張に同調を求めたものではなく単に購読だけを勧誘したものであることが認められ、従つて申請人の行為が前記就業規則の制定趣旨に照し従業員に要請される政治的中立性を著しく犯したものといえないばかりでなく、その勧誘の範囲も活字を拾う文選課内の従業員の少数の特定のものに限られていて、右勧誘等により作業能率が阻害されたことも認められないこと、申請人本人の供述によれば、申請人が右行為の発覚当初会社並びに組合にその事実を秘したのは累が他にも及ぶことを憂う心情に発したものであり、また証人荒井正司、山下金之助の各証言並びに前提甲第五号証によれば、会社の首脳部においては申請人の家庭の事情も考慮し右発覚当時申請人が右事実を認めて前非を悔いるなら寛恕するつもりでいたことがいずれも認められるのであつて、申請人がその発覚当初、会社に右事実を秘したからといつて反省の色がみえないとして一概に非難するのは相当でない。ところで前掲甲第二号証によれば、就業規則第百三十五条第一項は「従業員が次の各号のいずれかにあたるときは懲戒解雇する。ただし情状によつて他の処分にとどめることがある」旨規定し、右規定但し書の趣旨は客観的に情状酌量すべきを相当とする事由がある場合に会社の恣意によつてその処分を左右する自由を会社に認めたものでなく、むしろ右の事由がある限り軽い処分に付すべき拘束を会社に負わしめた趣旨に解するを相当とするところ、叙上認定の諸般の事情を考慮すれば本件は情状軽く酌量すべきを相当とする場合に該当し、従つて本件懲戒解雇は酷に過ぎるものとして右就業規則の条項に違背し無効といわなければならない。

叙上の次第で、被申請人が前記就業規則に基いてなした本件懲戒解雇はその余の点を判断するまでもなく既にこれらの点において無効というべく、従つて申請人は依然被申請人の従業員としての地位を保有するものである。

そして、前掲甲第五、第六号証並びに弁論の全趣旨によれば、被申請人は昭和三十一年八月二十八日以降本件解雇を理由に申請人の就労を拒否し、単に組合事務所への立入りのみを許しているものであることが窺われるところ、右の就労拒否は叙上のとおり理由がなく会社の責に帰すべき事由によるものと認めるを相当とするから、申請人は被申請人に対しなお雇用契約に基く賃金請求権を失わないものといわなければならない。右賃金の額は労働基準法所定の平均賃金により算定するを相当とするところ、成立に争のない乙第六号証によれば、申請人の一ケ月の平均賃金が金一万八千八百二十一円であることが疎明され、右賃金の支払期が毎月二十五日であることは被申請人の明らかに争わないところであるから、申請人は本件解雇の翌日である昭和三十一年八月二十八日以降毎月二十五日限り前記平均賃金の割合による賃金月額を請求し得るものである。

三、そこで、更に仮処分の必要性について考えるに、申請人本人訊問の結果によれば、申請人は現在も無職で、高齢の母親を抱え、妹がメリヤス工場に勤めている事情にあることが疎明され、申請人が会社から解雇の取扱いを受け、賃金の支給を受けられないことにより、その生活に困窮していることは容易に推認できるところであるから、本件仮処分はこれを求める緊急の必要性があるものと判断される。

よつて、申請人の本件仮処分申請はこれを理由があるものと認め保証を立てしめないでこれを許容することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 木下忠良 戸田勝 武居二郎)

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